100 Days to Ironman Swim

残り30日 – スイム・スタート!

スイムスタート!

3.8KMの海での遠泳

普通の人ならば、想像もつかない、普通泳がない距離だ。走るのすら3、4kmやった事がない人がほとんどだろう。

25mプールを30~40秒ほどで泳ぐ人でも、3.8~4kmに1時間半から2時間かかる。

もちろん海底にコースラインがある訳でも、誰かが方向をナビゲートしてくれる訳でもない。

波もあり、海流もある。コースを確認し、真っ直ぐ泳ぐだけでも一苦労だ。

そしてその1時間半ほどの間、もちろん誰とも話さない。孤独に、左腕を出したら、右腕を出す、という動作を1万回ほど繰り返すのだ。

そんな修行のようなアイアンマンの1種目のスイムが始まっている。

ビーチからスタートを切った後は、まず波打ち際を走って波を超え、少し深くなったところで思い切り飛び込む。

周りには同じスタートを切った泳者がいるので、彼ら、彼女達と適度に距離を保ちながら泳ぎ出す。

今回は、ローリング・スタートという泳ぐスピードが速い者からスタートしているので、一斉スタートの時のようにバトルと呼ばれる、もみくちゃ、蹴りあいのようにはならないが、それでも競技者同士ぶつかる事はザラだ。

しかも、ケアンズの海は思ったより視界が無い。砂が舞って全体的にグレーで、視野50cmと言ったところだ。

このアイアンマン・ケアンズのスイム・コース(2015年)は、結構変わっている。

まず500mほど沖に行って、最初のブイを海を見て左に曲がり、700mほど行く。そこから第二ブイを左に曲がって、一度浜まで戻ってくる。ここで一回ビーチに上がり、1,900mのハーフ地点になる。

その後、M字を描くように、一度沖に行き、少し戻って、また沖に行くというジグザグ泳ぎが必要だ。その後、スタート地点まで戻って来て1ループの3.8km。

普通の人であれば、怖気づいて、やりたく無くなる。トライスロンを始めたものにとっての最初の難関だ。

残り28日 – ノリコはまさに水を得た魚

その時、ノリコは水を得た魚のようだった。

そんな長い長いスイムも、ノリコにとっては最も得意で楽しみな部分の一つ。

速いもの順のスタート地点で、男女混じってもちろん先頭に陣取り(そう、ほとんどの大会では男女訳隔てなくスタートする)、号砲と同時に海に飛び込む。

オーストラリアの選手と比べて、小柄のノリコも、水中ではしっかりトップ集団に付いていく。国体にも出た事があるスイムの速さは折り紙付きだ。

自分と同じペースの泳者を見つけて、その横を行くと、あまりヘッドアップと呼ばれる、顔を出して方向を確認する動作をせずによく、効率よく泳げる。

ノリコは、そんな風に調子よく泳ぎを進めていた。

残り26日 – その時ケンに異変が起きていた

ケンに異変が起きていた

ノリコから遅れる事5分後にスタートし(ケンは泳ぎにまったく自身がない)、最初の地点から500m沖に行った第1ブイの近くに来た時、どうしても泳者が集中し、ぶつかってしまう。

その時、ケンのゴーグルが外れそうになった。他の泳者の足か腕でゴーグルをぶつけられたのだ。

ゴーグルが落ちてしまっては、その後泳げない。

慌てて押さえるも、マスクに水が入ってきて、目にしみる。

これはやばいと、少し立ち泳ぎ気味でゴーグルを直そうとした時だった。

立ち泳ぎ状態で両足を下に伸ばした瞬間、両脚のふくらはぎが共につってしまったのだ!

ふくらはぎの上の部分がドクンドクン波打つのを感じる。激痛が走る。

ヤバい、両足はヤバい。

トライアスロンのスイムで脚がつるのは、何度かある。しかし両足だ。立ち泳ぎもままならない。

そんな中、横をマツイが通った気がした。

「だいじょうぶ?」マツイがケンに声をかける。

「つったー!でもだいじょうぶ」本当は大丈夫じゃないが、応える。

「無理すんなよー」そう言い残し、彼は第一ブイに向かって行った。

やはり、仲間と話すと元気になる。

こんなところでリタイヤする気はない、という気持ちが強くなった。

様々な練習を積んで、何日もかけてオーストラリアまで来たのだ。

もうしょうがない。立ち泳ぎはやめて、なんとなくスイムの体勢に入る。

その姿勢のまま、伸びてしまった脚を、水中でつま先を引っ張って、戻そうとする。その度にふくらはぎに激痛が走るも、脚が伸びっぱなしではなくなった。なんとか堪えられる痛さまで弱まった。

ここで、すぐ気持ちを切り替えて、もう痛い脚は捨てよう、このまま両脚つったまま、腕だけで泳ぐことにしよう、と開き直る。

基本的には、腕七割、脚三割の力で泳ぐと言われているので、腕だけでもなんとかはなる。

ただ、ただでさえ遅い泳ぎが、その3割を奪われ、時々激痛に苛まれながらのスイムでは、実力が出せるものでもない。

時々つま先を体側にひっぱりながら、何とかブイを避けて、左廻りで旋回する。

ここは3.8km中の5~600m地点だ。この状態であと7倍近くを腕だけで行く、と考えると気が遠くなる。

ただ、考えてもしょうがない。

腕だけでも効率よく、ちゃんと掻く。とにかくそれを繰り返す。それしか僕にはできなかった。

残り24日 – スイム2周回目

その時、シンジとハラダはビーチに上がっていた。

今回のケアンズ・スイム・コースは変則的でスイムの2kmハーフの辺りで一回ビーチに上がる。

シンジは、第二ブイを曲がって、そのまま浜を目指す。

海岸に、ハーフポイントのアイアンマン・ゲートが見える。

そのまま浜に上がると、同じタイミングでハラダも上がってくる。

ここまで40分泳いで、まったく同じタイミングでハーフ地点に着くとは、つくづくハラダとは縁があるらしい。

「ハラダさん、残り2kmがんばりましょう!」シンジはハラダに声をかけ、また海に飛び込む。

ハラダも「おう、こっからが本番だ!」と社長らしい根性で返す。

つくづく、トライアスロンとはいいスポーツだ、とシンジは水中で思う。

仕事なら上司、部下だが、大海原ではそんなのは関係ない。

話としては、競争しているが、このアイアンマンという酔狂なレースを完了するために、共に闘っている仲間だ。

でも、勝負は勝負、負けるわけにはいかない。

また気合を入れなおして、泳ぐシンジだった。

その時、ノリコはコールを受けていた。

普通の人なら2時間ほどかかってしまう3.8kmのスイムを、ノリコは1時間余りでフィニッシュ付近まで来ていた。

その時、海上でアナウンスの声が少し聞こえた。

“Leading swimmer in Women’s age group is NORIKO Ogino.”(女子のアマチュアのトップは日本から来たノリコ・オギノです!)

なんと、プロ以外の女子選手でトップでスイムを終えようとしているのだ。

これは凄過ぎる。

そのままほぼトップでビーチまで上がり、猛追してきたオージーの女子選手と競うようにスイムゴールゲートを抜け、トランジッション・エリアに入る。

「調子いいかも」ノリコは幸先よく、第1種目のスイムを終えていった。

残り22日 – ケンはまだ漂っていた

そんな時、ケンはまだ海上を漂っていた。

ほとんどの競技者が海を上がって、次の競技に移る中、僕はまだスイムにあえいでいた。

泳ぎ続けるうちに、脚の痛みはだんだん気にならなくなってくるが、それでもバタ足をするたびに痛いので、ほとんどキックしない状態だ。

ハーフの地点では、1時間近くかかってしまっていた。

戻りのコースは、行きと違って流れと逆に泳いでいくので、思ったより時間がかかる。そして流れを考えて方向を決めていかないといけない上に、コースが複雑で、余計に泳いでしまう。

そして、その後もなんども右足や左足がつって、痛い。一度つるとつりやすくっているのだ。

それでも何とかM字の最後のコーナーを回る。残りは300m、最後の力を振り絞って、泳ぐ。

やっと、アイアンマン・ゲートが見えてきて、ビーチに上がる。

時計を見ると1時間45分を過ぎている。思ったよりだいぶ時間かかったが、しょうがない。次のバイクで取り返すべく、ビーチを走る。

ビーチ沿い、その後のシャワー、トランジッション・エリアまで、たくさんの観客がいて、元気になる。

よし、とりあえず最初の3.8kmが終わった。気をとりなおして、いこう!

スイムのフィニッシュは

結局スイムのフィニッシュは

6人のメンバー中では、もちろん女子全体の1位のノリコがぶっちぎりの1時間で泳ぎ、8:30にフィニッシュ。

後半も、シンジとハラダが同時に入ってきて、1時間15分の8:45に着。

マツイが4番目の8:50。次いでイオがちょうど1時間半の9:00で終える。

そして僕が、最後の1時間45分かかり、9:15にトランジッション・エリアに入ってきたのだ。

これでやっと、アイアンマンの1種目目、スイムが終わる。