100 Days to Ironman Ken

残り56日 – 僕はホッとしていた

僕は、ホッとしていた

あの夢にまで見たアイアンマン・レースに行けないことになったのに。

それを知ったのは、ハラダからの電話だった。

自分の携帯にメールが来ていたのは知っていた。ただ中身を見ていなかった。
今日からオーストラリアの格安航空会社ジェットスターで、ケアンズに行く予定の日だった。

その日の夜のフライトだから、すべての荷物を持って会社に行っていて、夕方空港に向かうはずだった。


昼にメールが来ていて(そう、メール一本だけだ)一緒に行く元上司のハラダから電話が無ければ気付かなかった。

ケアンズ線の当日欠航。機材トラブルだと。

その話を聞いて、ジェットスターに電話を掛けまくるが、30分以上繋がらない。

僕は、シンジに電話をかける。シンジは前職の同期だ。

残り54日 – 空港から家路につく

家路につく

そんな、てんやわんやが一段落した後、僕は家の妻に電話をかける。

飛行機が飛ばなくなったから今日は家帰るよ、と電話すると、え、帰ってくるの。特にご飯もないけど、と冷たい答え。

僕には妻と小学生の息子、娘がいる。ただ家族はトライアスロンには反対だった。

数多くの練習や、こういった泊りの大会があるトライアスロンは、家族に負担がかかり、揉めやすい。

また、海で泳ぐ時の事故や、炎天下での自転車、マラソンでも一歩間違えば命にかかわることがある。

僕も、それなりに家族に配慮しながら、アイアンマンを完走すべく練習を積んできた。

トライアスロンは、一般的な感覚で言えば、健康的で前向きなスポーツで、何も悪い事も、後ろめたい事もないはずだ。ただトライアスロンがもとで離婚する家庭もあるのも事実。

それほどまでに、何かを賭けないといけないスポーツなのか。それとも自分の感覚がおかしいのだろうか。

ただ僕は、何気に家に帰れるのが嬉しかった。

普段は家にいると何故か気を張ってしまって、子供の世話や、やらなければならない事などで落ち着かないのだが、その日は家に帰って、家のベッドで寝られるのが嬉しかった。

家に着いたら、妻が「もう心はあっちだろうから、興味無いだろうけど」と言いつつも、その日あった子供の習い事の話や、家の改装の事、娘が父の日のメッセージ書いていたよ、などいつもより多く話してくれた。

そうなんだ、認めたくはないが、ジェットスターが欠航したせいで、なぜか郷心がついてしまって、あの遠い地球の反対側で泳ぐんだ、という決意みたいなものが、一度引っ込んでしまったようだ。

行く前からホームシック

ああ、やはり家はいいな、と思ってしまったのだ。

そして翌朝、子供が朝起きると、あれ、なんでいるの?とちょっと驚いて笑ってくれたのが、嬉しかった。

娘は、父の日のメッセージ書いていてくれて(アイアンマンの週末が父の日だった)、ちょっと早いけど見せるー、とお父さんを描いたであろう絵を見せてくれた。

うん、この笑顔もう一度見るまで、生きてケアンズから帰って来るよ!と心の中で誓ったのだった。

ジェットスターありがとう。着く行程までをもアイアンマンにしてくれて。

そして家族の暖かさを思い出させてくれて。

そして僕は家を出発する。

残り52日 – みんなで打開策を見つける

フライトがキャンセルになった後、みんなで連絡をとった。

シンジは情報通のイオと連絡を取り、一足先にジェットスターに電話し、普通にジェットスターの振替をすると次のフライトは土曜着しかなく、日曜の大会のレジストレーション(最終申し込み)に間に合わずレースに出られない、などの情報を得ていた。
メルボルン経由?関空経由?と色々な情報が飛び交った。

ノリコともチャットした。結局行けるのか、行けないのか、結構緊迫した場面でも、ノリコは、きゃー盛り上がってキタ!なんか楽しー!と、お祭り女を発揮。
そんなやり取り、6人の心意気に、何故か癒され、前向きな気分になれた。

トモダチっていいな、やっぱり。と僕はしみじみ思った。

結局、一旦翌日のメルボルン線でオーストラリアに行き、メルボルン空港で一晩明かした後、ケアンズ行きに乗り換える、というのが追加料金がかからず、最短で行けることになった。

まさに着くまでがアイアンマン。

ただ、やはりセレブのハラダと、家族同伴のマツイは、外国の空港で寝るわけにはいかないと、ジェットスターの一方的な欠航にも関わらず、自費で関空まで行き、そこからケアンズ直行便を取り直した。

残り50日 – また空港に向かう、そしてダッシュ!

また成田空港に向かう。

今度はちゃんと飛ぶようだ。

みんなで空港で前祝いの乾杯。

飲み過ぎて、出発時刻ギリギリになる。

搭乗口までダッシュ!

アイアンマンやる前に疲れなくてもいいのに。。