Sinai

死海とシナイ半島

死海

エルサレムを離れ、バスでイスラエルの南に向かう。

そこは海抜0m以下でヨルダン川からの水量が極端に少なく、塩分濃度が高まった塩の海「死海」が広がる場所。そこにはユダヤの歴史上、聖書に出てくる場所が多い。マサド要塞、ソドムとゴモラ、ロトの塩柱、死海文章。。。

でもやっぱり死海に来たら、浮かばなきゃ!

死海といっても広いので、その湖畔に一番近いバス停で降り、死海まで歩いていく。

泳ぐ、と言っても今は冬。風が強く、裸になって飛び込むのは勇気がいる。

でもとにかく浮かばなきゃ!服を着たまま恐る恐る体を浸し、水の中を歩いていく。砂漠の風でひび割れた足に塩が入り、チクチク痛い!それでも潜れるくらいの深さの所まで行って、仰向けになってみると、浮く!両手、両足をあげて写真をパチリ

お決まりの死海ポーズ

水は冷たいし、体も痛いしで、そうそうに水から上がる。服のまま入ったので、体がベトベト、しかも風が吹くと塩が入った体がズキズキ痛む!近くの公衆シャワーみたいなのを服のまま浴びて、ちょっと息をつく。

と、そこに路線バスが来る。ここでバスを逃すと次はいつ来るか分からない!すかさず乗って、結局死海体験は約30分で終了。その後もバスの中で体も服もベトベトで気持ち悪かった。

マサダ要塞

死海近くのマサダ要塞は、ユダヤ人離散の象徴的な場所になっている。

紀元前100年頃、ローマによってエルサレムが攻略され神殿の丘も占領された。ユダヤ人達はこのマサダ要塞に立て籠ってローマ軍と3年以上も戦った。最後にこの高台を包囲された1000人のユダヤ人達は、逃げられないのを悟って最後の覚悟を決めた。ユダヤ教では自殺は認められないので、お互いに刺し合い、ローマ軍が上がってきた時にはそのほとんどが死んでいた。誇りを持ち死んでいったユダヤ人達だったが、これによりユダヤ人の定住する場所は無くなり、ディアスポラ(離散)の歴史が始まったと言われている。

ソドムとゴモラ

ソドムとゴモラは死海の南にあった二つの街だと言われている。

その時に神を信じるロト家族達は、そこから逃げる事ができた。

そこの住民は淫らな行為に耽り、それに怒った神が、火の柱をもって街を滅ぼしてしまう。

ロトの円柱

ソドムとゴモラの街から逃げたロトとその妻は、決して振り向いてはいけない、と言われていた。

しかしロトの妻は堪えきれず振り向いてしまい、そこで塩の柱になってしまったと言う。

死海の南の聖ロト修道院の横に、柱のような石があり、ロトの妻の塩柱と言われている。

紅海を渡る

死海を出て、さらに南に向かう。

イスラエルが紅海と接する港町エイラットを目指す。なぜかエイラットの名前は頭に残るが、なんでだろう。

エイラットから一度ヨルダンの港町アカバに着く。そこから更に船でエジプトに行く。

ここから先のシナイ半島は、イスラエルとエジプトの間で何度も戦争があり、獲ったり獲られたりしている、なかなかな難しい半島だ。それは旧約聖書にある、モーセが彷徨った場所だからか、地中海とつながるスエズ運河があるからか。

紅海は世界一透明度が高い海という事で、そこを国際線フェリーのクルーズだ。エジプトを目指す。

ダイビングリゾート

船でエジプト側シナイ半島に着く。イスラエルと獲ったり獲られたりを繰り返しているにも関わらず(又はだからか)、紅海沿いのリゾート地シャルムシェイクにはイスラエル人観光客が多い。そのせいでここは非常に物価が高く、僕ら貧乏旅行者には辛い。

という事で、その隣町ダハブに移る。ここだとホテル代が半額くらい(一泊$20)になるので安心だ。

貧乏とはいえ、こんな綺麗な海に潜らない手はない。僕もナオトもダイビングのライセンスを持っているので、格安のダイビングショップを探し、紅海ダイビングにGO!

この旅が大変だった分、ありえないリゾート感

流石に冬なので、水温も冷たいが、潜ればそこは別世界!透明度が高く、ずっと遠くまで見渡せる。深くなっている海溝も延々と下まで見えるので、怖いくらい。魚も大物が多く、デッカいナポレオンフィッシュが見えて大満足。

これから向かうシナイ半島を眺める

シナイ半島

ダハブを出てシナイ半島の奥深くに入っていく。ここは旧約聖書の中で特に重要で、モーセがエジプトの民を率いて約束された地(今のイスラエル)を目指すも、このシナイ半島で40年迷い続けるという所。その中で、海を真っ二つに割って敵から逃れたり(紅海とされている)、あの有名な十戒を授かった山もある。

その十戒を授かったシナイ山(モーセ山)の麓に到着する。

まず山の麓、敷地は広いが粗末な修道僧宿のような所に泊まる事にする。周りには何もなく、夕食をどこで手に入れたのかも覚えてないが、夜は暇なので共有スペースのような所に降りていく。

そこにスターウォーズのオビワン・ケノービのような黄土色の修道着を着たおじさんがいた。彼は、珍しく絵が描かれた旧約聖書のようなものを持っていて、僕らに、モーセが十戒を授かったシーンを説明してくれた。あの麓にある教会の芝生が突然燃え出して、それでモーセはその山に登ったんだ、とか、頂上付近で雷が鳴って神様が降りてきたんだ、とか。

こんな話普段なら、ふーん、ちょっと面白い話だね、くらいにしか聞かない。しかし何もない砂漠の真ん中で、ろうそくの火を頼りに、ぼそぼそとした修道僧の話を聞く。そんなシチュエーションだと、否が応でも、何か大いなる存在がいるのかな、何千年も伝えるべき想いがそこにあるのかな、と神妙な気持ちになる。

モーセ山

そして明け方3時くらいに起きて山を登る事にする。3時間ほどの山道を登って、ちょうど頂上でご来光を拝むためだ。

予想を裏切って、シナイ半島の冬はめちゃくちゃ寒い。トレーナーを重ね着して、マウンテンパーカを頭からすっぽりかぶっても凍える。ナオトはまともな服を持って来ず、トレーナーの中にタオルや新聞紙を何枚も巻いてもいる。それでも寒くて、ヨシケンなんか服貸せよ、と恨めしそうに言う。僕も寒いんだ!とにかく山を登って体を温めよう。

山道は、様々な国の巡礼者がいて、皆さん所々でお祈り、讃美歌を歌っていて、ちょっと神々しい。麓の燃える芝があったという所で、イスラエルの方々が深く深く祈り、山の中腹の崖のような上では、20人程の韓国人の一団が泣きながら歌を歌っている。

モーセの祠

そして頂上に着く。頂上にはモーセを祀った祠と小さな教会がある。ここが世界の決まり、十戒を授かった場所なのに意外と小さいんだな、とも思う。ただ、周りを見渡すと、限りなく広がる砂漠と荒れた山々。圧倒される、とはこの事だ。この何千年も変わらず、何もない地を彷徨えば、何か神々しいものが降りてくるのも分かる気がする。

頂上の崖付近で、昨日の修道僧がその大絶景を前に祈りを捧げる。

2000年前と変わらない荒陵とした大地が広がる

日が登り始め、砂漠が赤く染まり始める。周りのアメリカ人やヨーロッパの人、イスラエルの人、韓国の人たち、みんなぶつぶつそれぞれの祈りを捧げ、そして泣いている。

聖なる場所、パワースポットというような言葉では表せない、本当に何か大いなる力を感じた。ここが世界の中心だったのかもしれない。

十戒とは more (+)

スエズ運河

モーセ山を発ち、シナイ半島をバスで抜ける。途中有名なあのスエズ運河を通る。

大きな船が狭い海峡を、機械式の高度調整機で交互に進むのかと思ったが、スエズ橋がかかる川?運河?は思ったより幅が広く、どこで水位を調整しているのかは分からなかった。

そのままバスは進み、ナイル川にぶつかる。

僕らは、ナイル川を南に進み、ツタンカーメンの王室などがある、王家の谷ルクソールを目指す。


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