残り70日 – マツイは寝ていた


マツイは、寝ていた
と言っても、ウトウト、睡眠に落ちるか落ちないかの夢うつつの瀬戸際だ。マツイには1歳になる息子がいる。
マツイは普通のサラリーマンであるが、今どきのイクメンで、子供ができてからというもの、平日でも夜8時には家に帰るようにしている。帰るとすぐ子供をお風呂に入れ、歯磨き、寝かしつけるのが彼の役目だ。
自分の夕ご飯も食べず寝かしつけていると、仕事の疲れか、どうしても眠くなる。
でも寝ちゃいけない、いけないと思いつつ寝落ちする事が何回あったか。
しかし彼にはやらなければいけない事がある。
走りに出なければ。
イクメンでもアイアンマン
彼もまたアイアンマンを目指している。
ただ練習量は絶対的に不足している。
平日の仕事と寝かしつけ、そして週末は妻を休ませようと家事全般の面倒をみている。
その為には究極的なまでに時間を効率的に使わなければいけない。
show less残り68日 – 徹底した時間管理


通常のトライスロンでは、大会前数ヶ月は、1週間の練習でその大会と同じメニューをこなしておくのが普通だ。
例えば、一般的なオリンピック・ディスタンス(スイム1.5 km、バイク40 km、ラン10 km)の大会前であれば、週に一回プールにいって1.5 kmを1時間くらいかけて泳ぎ、土曜日にラン10 km、日曜日にバイクを40 km超乗るのを数ヶ月続ければ、オリンピック・ディスタンスはなんとかなる。
ただこの時の目標はアイアンマン(スイム3.8 km、バイク180 km、ラン 42km)である。
これを一続きにやるのも狂気なら、練習としてそれを1週間の間にやるだけでも至難の技である。
その為には、平日の最低4日間毎晩10 km走る。
金曜日夜に2時間かけて4km泳ぐ。
土曜日に3,4時間かけて100 km自転車に乗る。そして日曜日も同じように100 km自転車を漕ぐ。
これでやっと、1週間に40 km走って、4 km泳いで、200 km自転車に乗る練習が出来る事になる。
これを毎週、数ヶ月の間繰り返す事になる。
show less残り66日 – 自分への約束


だからどんなに眠くても、寝かしつけていて寝落ちしそうになっても、子供が寝たら、外に走りに出なければならない。一日も休むわけにはいかない。
それが自分に課した約束だ。
それができなければ、その全てを1日のうちに続けてやるなど、できる訳がない。
マツイは、一歳の息子が寝息を立てているのを確認してから、夜の公園に走りに出た。
show less残り64日 – デジタルで効率化

マツイはデジタル機器を使って、少ない時間をやりくりする為、徹底的な効率化をしている。
元々、小学生の時からビデオの“ケーブル”を集めるのが趣味で、友達のお母さんがビデオのセットアップをできないところ、ビデオ・イン、アウトを適切につないでくれる、インプットとアウトプットが分かっている子、ということでI/O、マツイオといつしか呼ばれるようになった。
その後、電子機器好き、ガジェット好きには歯止めはかからなかった。
自転車競技をはじめてからというもの、自転車にはカメラを計三台。フロントビュー、リアビューに、自撮用のカメラだ。
それ以外に360度カメラや、ヘルメットにつけたアイビュー・カメラなどを搭載する事もある。
そして、ほとんど不可能に思われた水中のカメラも、ゴーグル型のカメラをネットで見つけ、水中映像を撮ることを可能にしている。
通常、トライアスロンの最初のスイム前、数千人の競技者が集まるスタート地点は、なかなか撮影する事が難しい。
そして、競技中のデータ取得もハンパない。
まずGPS、ケイデンス、心拍数は当たり前。
スイムの時は、ストローク数、左右のブレ、水中での心拍数も測れる。
サングラス型眼鏡になんと、体のブレと眼球の動きを測るセンサーがついたJINS MEMEというものも装備している。
この運動中の映像、データは何に使うのだろう。
一つはそのデータから、最適な練習方法、レースのメソッドを編み出す。
また身体状態の計測、健康管理に役立てる人もいるだろう。
そう、走ったり、自転車に乗ったりは、たいていの人は痩せる為やエクセサイズの為にやっているだろう。
show less残り62日 – でもどこかに意味がある

でもどこかに意味がある
こんなにつらい練習と本番までの道のりがあるのだから。
マツイは最後にみんなで行った合同練習を思い出していた。
仕事つながり、歳が近いから、友達の友達。本来であれば、週末に会わないメンバーだが、このトライアスロンによってなぜかつながった。
普通のサラリーマン友達、シンジ。その師匠であるゴウダ。
なぜか知り合ってしまったギャルで速い、ノリコ。
雲の上の存在だった社長のハラダ。
マツイは、子どもが小さいため、週末にまとまった時間はとれず、いつも一緒に練習するわけではないが、6月にアイアンマンのためにケアンズに行くのは一緒だ。
show less残り60日 – 山中湖合宿


そのメンバー6,7人と最後の練習として、5月に山中湖に行った。
もちろん山中湖往復を自転車で、だ
往復は200km以上あるが、こんな時でないとまとまった練習はできない。
もちろん妻はいい顔はしないが、本番直前の最後の追い込みだ。
全員でペロトンと言われる隊列を組んで走る。
全員のコーチ役であるゴトウが先頭を引いてくれる。
ああ。自転車っていいな。トライアスロンやっていてよかった、と思う瞬間だった。
このメンバー、みんなでアイアンマン、になれれば
そう思い、千切れない様に必死で漕ぐマツイだった。
show less残り58日 – 空港に向かう

今回のケアンズ・アイアンマンは、妻と息子を会場まで連れて行く。
お金も大変だが、そのアレンジも大変だ。
まず自分の荷物だけでも、自転車やヘルメット、ウェット・スーツや各種シューズなど様々なものがある。
そして、一歳の子供の荷物が多い。おむつや大量の着替え、そしてなれない土地での食べ物の予備など。
往復の飛行機やホテル、会場までの行き帰り、当日の天気など、考えれば切りがない。
ただ自分は15時間以上競技をしているわけだから、普段のようなサポートはできない。
それでも連れて行く意味はあるのか。
1歳の息子はまだパパが何をやっているのかは分からないし、妻もそんなに長い間応援してくれる訳もない。
自分の父親としての背中を見せたい。これはエゴだろうか。独りよがりだろうか。
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