第34回日本伝熱シンポジウム(1997/5/22,仙台)発表論文

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低重力下でのスプレー冷却

(広範な流量密度域における伝熱特性評価, 第三報)

Spray Cooling under Reduced Gravity

(Heat Transfer Characteristics in Wide Spray Volume Flux Region, 3rd Report)

機学 *吉田 顕一(慶大院)  加藤 貴久(慶大学) 伝正 岡 利春(石播重工) 機正 阿部 宜之(電総研) 伝正 森 康彦(慶大理工) 伝正 長島 昭(慶大理工)

K. Yoshida,1 T. Kato,1 T. Oka,2 Y. Abe,3 Y. H. Mori1and A. Nagashima1 1Dept. of Mech. Eng., Keio University, 3-14-1 Hiyoshi, Kohoku-ku, Yokohama 223; 2Ishikawajima-Harima Heavy Industries; 3Electrotechncal Laboratory

  The dependence of spray-cooling characteristics on gravity was experimentally investigated by means of parabolic flight maneuvers with a 15-m-jet plane, Mitsubishi MU-300. Water and FC-72 (perfluorocarbon) were sprayed onto a chromium-plated surface of electrically heated copper block for transient state experiments and a transparent ITO(In2O3)-coated surface of a glass block for a steady state experiment in a relatively low superheat region. Each parabolic flights include ~2ge period in addition to a ~0.01ge period; where ge denotes the terrestrial gravity. Cooling curves over a wide range of wall-superheat were obtained with water sprayed at low and high volume fluxes which show different dependence at the CHF(Critical Heat Flux) and with FC-72 sprayed at low volume fluxes. Appreciable influences of gravity were found in either the CHF point or the film boiling region for water. For FC-72, on the other hand, a similar influence of gravity appeared only in the film boiling region.

Key Words : Space Engineering, Boiling Heat Transfer, Spray Cooling, Reduced gravity

1.はじめに

 スプレー冷却は、冷却媒体を噴霧して高温伝熱面を冷却する方法であり、バルク液相を用いる場合に比べ冷却能力が高く、使用液量が少なくてすむ。また、通常の沸騰冷却と異なり気泡排除を考える必要性が少なく、その基本的特性に及ぼす重力の効果は小さいと予測されるため、今後の宇宙利用において有効な冷却方法として期待される。しかし、スプレー冷却伝熱特性に及ぼす重力の影響を実際に調べた例は見られない。そこで、著者らのグループでは1993年から航空機の放物飛行による低重力(~0.01ge)及び高重力場(~2ge)でのスプレー冷却実験を実施してきた。既報(1, 2)では冷却液として水、CFC-113及びFC-72スプレーの伝熱特性の結果を報告し、液滴流量密度域及び冷却液の種類がスプレー伝熱特性の重力依存性に影響を及ぼす主な因子であることを確認した。本報において著者らは、これまでの結果より、特に極大熱流束(CHF)点付近で液滴・液膜挙動が大きく異なる低・高の流量密度域に着目して、航空機実験を再度行ったのでこれを報告する。

2.実験装置および方法

 実験装置及び方法は既報(3, 4)で記したので参照されたい。 今回、実験装置にLDV(Laser Doppler Velocimeter)及び周波数シフタを導入し、チャンバーに特別な窓をつけ、スプレー液滴の膜沸騰域でのリバウンド後の速度を測定した。測定点は伝熱面中心の直上25mmの位置とした。

3.実験結果および考察

 地上での予備実験より、液滴流量密度とCHFの関係をFig.2に示す。図より液滴流量密度がDc=1.0×10-3 m3/(m2.s)付近を境にその傾向が変化していることがわかる。つまり液滴流量密度がDcより十分に小さいところでは、門出(5)による整理式qCHF≒0.8rlDmL(rl, Lは液体の密度及び蒸発潜熱、Dmは平均液滴流量密度)と同様の傾向を示す。それより大きな流量密度ではもはや上記の式では整理できなくなっている。地上での透明伝熱面実験でのCHF点付近における観察から、その液滴・液膜挙動が大きく異なっていることが確認されており、重力依存性に違いがでてくることが予想される。そこで次のように低・高流量密度域を定義した。

(a) Dm<Dc : 低流量密度域 qCHF≒0.8rlDmLで整理できる範囲。液滴の干渉が少なく、個々の液滴の伝熱現象がそのまま反映される流量密度域。

(b) Dm>Dc : 高流量密度域 CHF点においても伝熱面を覆う定常的な合体液膜が存在し、その液膜中で沸騰がおきている流量密度域。

 以上をふまえスプレー諸量をTable 1のように設定し、航空機でのスプレー実験を行った。放物飛行の間に得られる約20秒間の~0.01geおよびその直前の約15秒間の~2geの加速度状態のデータより、伝熱面中心のq-ΔTsat曲線を示した。

低流量密度水スプレー (Fig. 3, Dm=1.42×10-4 m3/(m2.s))

 CHF点付近より遷移域にかけては重力加速度の影響は認められない。しかし、膜沸騰域においては重力の低下に伴いその熱伝達は3分の1ほど低下している。 前述(a)のように、CHF点付近ではスプレー液滴は加熱面に衝突後、個々に蒸発している。そのため、重力低下の影響を受けにくく、熱伝達への影響はほとんど表れなかったと思われる。 膜沸騰域では、伝熱面上に常に形成される蒸気膜により液滴が跳ね返る“リバウンド液滴”が、液滴条件によって存在する。本条件では、今回地上でのLDVの測定によって鉛直下向きと同時に上向きの速度を持つ液滴が測定されており、リバウンドが確認されている。2geではこのリバウンド液滴が再衝突し伝熱をくり返すが、0.01geではこのリバウンド液滴の再衝突がおきにくく、相対的に伝熱に寄与する液滴が減り伝熱量が低下したものと考えられる。

高流量密度水スプレー (Fig. 4, Dm=3.7×10-3 m3/(m2.s))

 2ge場合と比較し0.01geにおけるCHFが約7%上昇している。遷移域でもなお重力依存性が認められるが、膜沸騰域では依存性はほとんど消失している。 前述(b)のように、高流量密度域のCHF点付近では伝熱面を覆うような合体液膜が形成される。重力低下により合体液膜が伝熱面へ押しつけられる力は弱くなり、内部に生じた気泡の成長や移動が活発化することが予想される。これによって、熱伝達が増加し、CHFが上昇したと思われる。膜沸騰域では液滴条件によって、液滴は衝突後蒸発と同時に分裂し微小な液滴となる。本条件において地上のLDVの測定では鉛直上向きの速度は計測されず、液滴のリバウンドは起きていないと思われる。これは衝突した液滴が分裂し、雰囲気温度が高温となった伝熱面付近で蒸発したものと考えられる。そのため、重力の変化にかかわらず、膜沸騰域の熱伝達が変化しなかったと予想される。

低流量密度FC-72スプレー(Fig. 5, Dm=2.17×10-4 m3/(m2.s))

 この条件での伝熱特性は、水スプレーの前述の低流量密度域の結果と同じ傾向を示した。つまり、CHF点付近から遷移域にかけては重力依存性はほとんど認められないが、膜沸騰域においては0.01geの熱伝達が2geに比べ低下し、過熱度80K付近で約30%の低下が見られた。 この理由は本条件でも、膜沸騰域ではリバウンド液滴が存在し、重力の低下による液滴再衝突の減少に伴って熱伝達が低下したと考えられる。

4.おわりに

 航空機の放物飛行で得られる0.01ge及び2geにおいて、水及びFC-72のスプレー冷却実験を行い、以下の結果を得た。

1. CHF点において、流量密度の高低によって異なる熱伝達の重力依存性が得られた。

2. 膜沸騰域における熱伝達の重力依存性は、衝突後の液滴速度の測定結果から、リバウンドの有無が影響を与えているためと考えられる。

 航空機実験を実施するにあたり御協力頂いたダイヤモンド・エア・サービス社の方々、IHI斉藤氏に深く感謝する。本研究は科学技術振興調整費によって行われた。

参考文献

(1) 曽根, 岡, 阿部, 森, 長島, 第32回日本伝熱シンポジウム講演論文集, (1995), 543.

(2) 曽根, 吉田, 岡, 阿部, 森, 長島, 第33回日本伝熱シンポジウム講演論文集, (1996), 731.

(3) M. Kato, Y. Abe, Y. H. Mori and A. Nagashima, AIAA. J. Thermophysics and Heat Transfer, (1995), Vol.9, No.2, p.378.

(4) T. Oka, K. Sone, Y. Abe, Y. H. Mori and A. Nagashima, Proc. ASME IMECE, (1995), HTD Vol.321, p61.

(5) 門出, 日本機械学会論文集(B), 45-394, (1979), p.851.


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