残り6日 – Goal!
ついに、僕はくぐろうとしていた。
夜9時過ぎというのに、観客がいて、盛り上がっている。がぜん元気になる。
最後のコーナーを回って、レッドカーペット上に自分しかいないのを確認。
最後に急いでもしょうがないので、レッドカーペットとハイタッチを楽しむ事にする。
うれしい。14時間は過ぎてしまったが、この長い闘いが終わるかと思うと、素直に嬉しい。
と同時に感動と興奮がやってくる。
もっとゆっくり味わっても良かったけど、何故か脚が前に進んでしまって、ゴールを目指す。
そして、ゲートに向かってつっこむ。ジャンプ。
You are an IRONMAN !!!
この声が聞きたかった!アイアンマーン!フィニッシュラインを越えて、14時間20分の闘いが終わる。
ゴールで、フィニッシャータオルとメダルをかけてくれる。
嬉しい、全てが終わったんだ。さっきまであんなに辛かったのに、安堵感が遅い気が楽になる。
靴もぐちょぐちょ、マメも痛い。脚の筋肉もガタガタだが、達成感で疲労を感じない。
show less残り5日 – それぞれのゴール
ついに、ハラダとイオが入ってくる。
フィニッシャーTシャツを受け取ったところで、ハラダに会う。
ハラダは、僕の5分前、イオは5分後にゴールしていた。
フィニッシャータオルと共に写真を撮って、アイアンマンが終わる。
三人で撮った写真。達成感が出ているね!
ついに、ノリコは泣き出す。
走るのは、ここまで13時間。
スイムではまさかの女子エイジの1位だった。自分の泳ぎをオーストラリアで示せたのだ。
バイクは、女子トップ選手の力強いライドを間近で見ることができた。
しかしあの力強さには着いていけない、実力の違いを思い知らされ、ズルズル後退する悔しさも味わった。
ランは、予想外の連続だった。腹痛、補給の失敗、湿度に悩まされ、一時はリタイヤも考えた。
でも今、このレッドカーペットを走る。
アイアンマン226km、最後の50mの直線は赤い絨毯が敷き詰められた、正に自分にとってのランウェイ。
あと40m, 30mと進むうちに、周りは大盛り上がり、レッドカーペット沿いの観客がハイタッチを求める。
自分はやりきったんだ。
あそこで諦めなくてよかった。
自分との約束を守れるんだ。
そう思ったら、また涙が出た。
涙で前が曇っている。真っ赤のアイアンマンのゴール・ゲートがよく見えない。でもそこをくぐるんだ。
“NORIKO from Japan. You are an IRONMAN!”
DJのコールと共に、軽く手を上げてノリコは門をくぐった。
ノリコがアイアンマン、本当のアイアン・ギャルになった瞬間だった。
ついに、マツイは寝転がる。
レッドカーペットの上に。
そこに日本人女性と子どもが駆け寄る。「おつかれさま!」「パパ、すごーい!」
妻と息子が、ゴールで迎えてくれたのだ。
今は夜の9:30。14時間の末、アイアンマンのゴールにたどり着き、そこで仰向けになって倒れていたのだ。
ただすぐ息子の声はすぐ「パパ、ねむーい!」に変わる。
オーケー、脚も腕も体もすぐには動かないが、なぜか体の中から力が湧く。
腕を振り続けてほとんど上がらない腕が、ひょいと子どもを抱き上げ、妻と喜びを分かち合う。
「パパ、びちょびちょで気持ち悪ーい」
「だねえ、お部屋に帰ったら、またあの絵本読んであげるよ」
マツイは今、本当のアイアン・パパになったのだ。
show less残り4日 – シンジは歩いていた
ついに、シンジは歩きだす。
脚がつった後、もう満足に脚が上がらない。
特に左脚を引きずるように、1周目15km地点をただただゾンビのように歩いていた。
この時点で12時間。残り30kmを4時間近く。
シンジは、ピーターと巡り合っていた。
齢60をゆうに越えている白髪の老人だ。
夜中の公園をとぼとぼ歩く二人。もちろん二人とも競技中だ。何か走る(歩く)ペースが一緒になって、自然と話すようになった。
ポール曰く、俺はこの大会は10回目、生粋のオージーだ。この暗闇が好きだ。毎回興奮する。もう70近くだか、この大会のこの時間になると、生きている、まだ生きている、生きていてよかった、と思う、と独り言のように言っている。
お前はいくつだ?
まだまだ若いな。
初めてか?
存分に楽しめ。
それがお前だ。
いまがお前だ。
と、ポールは伝道師のようだ。
旅はミチヅレ、最後まで味わい尽くせ、と。
ところで今何時だ?
俺はもう何回もやっているから、ゴールする計画(15時間半ギリギリ)が立っている。
お前はスイム何時にスタートしたか計算しているか?とポールに聞かれ、シンジはハッとする。
ポールと同じペースならギリギリゴールできるのではないかと淡い期待を抱いていたが、スタート時間が違うのだ。
ボールはスイム・スタートを、最後尾の7:45くらいに始めている。シンジは、おそらくスイム・スタートは中盤の7:35くらい。
タイムリミットの15時間半は、スタートの時間で計測するから、ポールは夜中の12:45、シンジは12:35になる。
つまりポールがギリギリだとすると、シンジはあと10分早くゴールしなければならならない。まずい、ここからマカなければ。
そこでポールは絶妙に、お前は先に行け、俺は後から必ず追いつく、とウィンクする。
何かシビれた。
See you later, Paul! と言い、引きずる脚を少しだけ上げて、早足に前に進む。
あと3時間、夜10:30のケアンズの公園の端は、静まり返っていた。
show less残り3日 – トライアスロンの4種目目
ついに、ハラダ、ノリコ、マツイ、イオ、僕が声をあげる。
アイアンマンを闘った五人が部屋に集まり、祝杯をあげようとしていた。
そう、五人だ。そこにまだシンジの姿はない。
アイアンマンのタイムリミット15時間になる24:30まであと少し。
シンジはアイアンマンになれるのか。
そんな気持ちをよそに、五人はドンペリをあけて、飲み始めてしまった。
スイムで足つってさーとケンゾーが話せば、バイクでシンジこけてたよね、あれ助けたの俺だぜ、とハラダがいう。
ノリコは、ほんとあの向かい風で、なんで私にだけ風吹くのーとほんと泣きそうになった、とブーたれる。マツイは、いつものように息子を寝かしつけた後に部屋に来た。
とにかく、この瞬間が好きだ。すべての苦労と疲れとトラブルがあった事を忘れてしまう。
仲間とのひととき。レースの反省。あれ、最高だったよねと、(その時は)最悪に思っていた瞬間を語り合う。
そんな時、25:00になるかならないか、部屋のドアが開いた。
show less残り2日 – そしてシンジは
ついに、シンジが、、
どうだった?みんながいっせいに振り返る。
やったよ、やったよ、オレ!
シンジがバイクを押さえていない左手を振り上げる。
やったー、これで「みんなでアイアンマン」だね! 全員が声をあげる。
そしてもちろんの駆けつけドンペリ!
15時間運動しっぱなしの体に、シャンパンが染み入る。
「かんぱーい!!!」
「みんなのアイアンマン」になった瞬間だった。
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